海洋人間学雑誌 第1巻・第1号
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設立記念大会シンポジウム3「漁業と安全」
漁港における労働安全の現状と課題
佐伯公康( 独)水産総合研究センター水産工学研究所)
キーワード:労働災害、漁業、岸壁、漁船
【はじめに】
漁港は、岸壁などの土木構造物、造成された用地および
荷さばき所などの建築物からなる。これに、入港する漁船
も加わって労働の空間が形成される。
漁港内は波浪が比較的小さく、空間も広くて操業中の漁
船に比べると安全なように思われるかもしれないが、実際
には多くの労働災害が発生している。そこで本稿では漁港
における労働災害の要因になりうる事象を示し、その改善
の方向を検討する。
【労働災害の要因になりうる事象】
漁港では漁業者のみならず、漁業者の家族、市場の職員、
仲買人などが働く。我が国において、それらのさまざまな
人々を網羅した公的な労災データは存在しない。しかし
JF全漁連が実施している「沿岸漁業における労働災害(海
難)発生状況アンケート」から漁港における労災の実態を
知ることができる。これは船員法適用対象外の沿岸漁業者
とその家族や雇われ従事者も対象として、洋上と陸上を含
めた漁業の労働災害を集計しているものである。このアン
ケートで収集された1991~2007年度の労働災害データ
(12,679件)のうち、陸上・港内で発生したものが32%
ある。これを発生時の作業種類別に分類すると、入出港、
漁具漁網取扱い、整備管理、漁獲物取扱い時が多くなって
いる。
これらの作業には、次のような、事故や疾病の要因にな
りうる事象が見られる。
入出港時においては、漁業者がブルワークと岸壁の間を
飛び移る動作がたびたび見られる。この動作は、海中転落
や、船体と岸壁の間へ身体がはさまれる危険を伴う。特に
高波や強風時にはその危険が増す。
漁具漁網には、一人で持ち運び出来る縄から、長さ数百
メートルに及ぶ定置網まで様々な形態のものがある。この
うち大型の定置網では、漁網の修理に際し、台船から陸上
のトラックへ、あるいはその逆の網の搬送が行われる。搬
送にはホイール付きクレーンが多用されるが、台船やトラ
ックの荷台スペースに網を要領よく積み重ねていく作業
員が必要となる。この作業ではうず高く積まれた網の上を
歩くため、転倒や転落の危険がある。
整備管理については、漁船の整備作業において危険因子
が多く見られる。コンクリート張りの斜路へウインチで漁
船を引揚げ、架台に載せて整備を行うが、引揚げ時にはロ
ープへの巻き込まれ、整備時には高所からの転落などの危
険がある。
漁獲物取扱いには、陸揚げ、選別、計量、陳列などの工
程がある。特に多様な魚種が混獲される定置網漁業や底曳
網漁業の漁獲物を扱う現場では多数の工程を必要とする。
これらの現場では日々の魚種構成と量の変動が大きいこ
とから、固定された作業ラインを構築するのではなく、移
動式ベルトコンベヤーなど汎用的な機械のみを使用し、
日々の変化に対しては人力の作業で対応している場合が
多い。そのため、ベルトコンベヤーで搬送したあとの漁獲
物を床上の容器に移し直して人力で挙上したり、フォーク
リフトを導入しても車両動線が日々変化するため人との
動線分離がなされないなど、機械導入が労災リスクの軽減
にあまり貢献していない状況にある。
【労働環境の問題】
漁港の労働環境にも、次のような労働災害を誘発する事
象が見られる。屋外を吹き抜ける強風は転倒や海中転落を
誘発し、冬季の冷えは腰痛を誘発する。寒冷地では舗装面
上の凍結が転倒を引き起こす。また、流通上の要請から夜
間に作業を行う漁港では、作業空間の照度の不足や不均一
が転倒や転落を誘発する。
【安全性向上に向けての課題】
今後、労働災害やヒヤリハットの事例を分析してその要
因を明らかにし、問題の改善に取り組む必要がある。改善
については、個別の問題箇所に対する応急的な改良のみな
らず、構造物と機械類を視野に含めて現場の作業工程を再
構築して抜本的な改善をめざす取り組みもなされるべき
である。
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