海洋人間学雑誌 第1巻・第1号
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Oa13.東日本大震災後の海水浴に関する現状と課題
松本秀夫、大津克哉(東海大学体育学部)
佐藤延男、鉄多加志(東海大学海洋学部)
キーワード:海水浴、大震災、入込客
【目的】
東日本大震災の被害により、昨年開設された海水浴場は、
福島県以北の太平洋側では、1カ所(岩手、舟渡)のみで
あり、震災の影響により多くの海水浴場の入込客は減少し
た。しかし、山形県などの日本海側の海水浴場においては、
一部入込客が増加した。本研究は、東日本の海水浴場につ
いて、海水浴場の入込客と開設状況の現状と課題について
考察を行うことを目的とした。
【方法】
現地調査(
2012
7
28
日~
8
2
日)による、海水
浴場監視所、観光協会、宿泊施設等におけるインタビュー
調査及び各市町村担当者の電話・電子メールによる調査を
行った。
【結果と考察】
東日本各地の海水浴場の現地調査の結果、日本海側の湯
野浜(山形県鶴岡市)、瀬波(新潟県村上市)などの温泉
地の海水浴場は、昨年も入込客が増加し、今年も調査時点
で昨年並みの海水浴客が見込まれていた。また、宮城、仙
台、福島ナンバーの車両が駐車場に増加傾向であった。調
査全体をから見ると海水浴客は、昨年に比べて海に戻って
いることが推察された。太平洋側の海水浴場の開設に関し
ては、福島県
1
カ所(勿来)、宮城県
1
カ所(小田の浜)、
岩手県
3
か所(舟渡・浄土浜・藤の川)が開設を行った。
これらは、開設を地元が強く推進した結果だと考えられる。
【まとめ】
東日本大震災後の海水浴に関する現状調査を行った結
果、海水浴場の動向に関しては、原発風評被害の場所を除
いて、海に人は戻っていることが推察された。しかし、課
題としては、津波による直接被害が大きい場所においては、
地元感情も含めて考え方が分かれ開設に至っていないケ
ースがみられることから、復興における観光の捉え方に地
域差があることが窺える。
Oa14.日本ボードセーリング連盟(1988)設立の経緯
平野貴也(名桜大学)
キーワード:日本ボードセーリング協会、日本ボードセー
リング連盟、日本ヨット協会、ウインドサーフィン
【目的】
我が国におけるウインドサーフィンの普及過程を正確
に理解するためには愛好者や艇種の増加に伴って様々に
分化した協会や団体がまとまっていく過程を検討する必
要がある。本研究では中央競技団体である日本ヨット協会
(JYA:現日本セーリング連盟)と日本ボードセーリング
協会(JBSA)の関係性を検討することから日本ボードセー
リング連盟(JBF)の設立にいたる経緯を明らかにするこ
とを目的とする。
【方法】
主な史料としてJYA理事会議事録、JWA・JBSA理事会議
事録、JBSA と JYA 間で交わされた書簡、ボードセーリン
グ対策委員会議事録を使用した。
【結果及び考察】
日本ウインドサーフィン協会 JWA(後の JBSA)は 1982
年に JYA に正式に加盟する。1983 年にすべてのウインド
サーフィンを統括する団体 JBSA として名称と組織を変更
する。その際に加盟方法や組織形成に対する見解の相違か
ら、JYAの公認が得られなかった。当時最大の会員数を要
していた JBSA が中央競技団体に非加盟となったことから
国際大会への選手派遣、多様化する艇種への対応などに混
乱が見られた。一方、JYA は 1985 年にボードセーリング
を統括する統一団体(後のJBF)の設立を目指してボード
セーリング対策委員会を設置し、JBSA を含む他団体と協
議を重ねる。協議は難攻したがJBF の設立時には10 団体
が加盟し、39 社が賛助する国内最大の組織となった。た
だ JBSA など数団体が加盟しなかったことで艇種協会や学
生連盟などが2重に存在することになり、愛好者を二分す
ることとなった。
【結論】
JBFはJYA公認の団体として設立された。会員の登録方
法、艇のカテゴリー分けなどの相違から JBSA などの加盟
が得られず、国内すべてのウインドサーフィン団体を統一
する組織とはならなかった。
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